前回からの続き。MR(Mixed Reality)で「水」を表現するには?踊りたくなる?音楽になる?新しい表現が生まれる?そもそも流体シミュレーションはQuest3でまともに動くのか?さて、どうしたものか。
こうした作品に限らず、何かつくるときに個人的に意識していることを改めて言葉にするなら「出来るからといってやり過ぎないこと」と「一つのアイデアに丁寧に向き合うこと」と言えるかもしれない。
エンジニア的には、あるテクノロジーを使い始めて出来ることがわかると、ついもっとやりたくなってしまう。例えば物理シミュレーションやモーションキャプチャなら、現実をできるだけ忠実に再現しようとしてしまいがちなのだ。でもよく考えてみれば、シミュレーションで現実を忠実に再現したら、それはもう現実でよくないかという話になる。
以前アスリート展で展示した「Athlete Dynamism」は、幅跳びや棒高跳びや体操など、アスリートの動きのモーションキャプチャデータを使った作品だが、やろうと思えばアスリートをCGでリアルに再現することもできる。だがそれなら本物のアスリートの映像を見ればいいという話である。そこを引き算して少ない点の動きの軌跡だけを表現することで、逆にアスリートの動きの美しさや凄さを見せたい。ただその時の引き算のさじ加減はとても難しい。床もなく空中に軌跡だけが描くのはどうか、床面はやはり必要か、いや陸上トラックのレーンを思わせる線も必要か、でも陸上トラックを全部再現するのはやりすぎか、など実際につくりながら自分なりのギリギリのバランスを見極めていく。
そして同時に、現実ではない表現だからこそできることを考えていく。この時は、スクリーンの前のiPadで視点をグリグリ動かせるようにした。すると例えば地面の下から見上げるといった、現実では不可能な視点からの体験も可能になる。
さらにその上で、このシンプルな一つのアイデアに丁寧に向き合ってインターフェイスやインタラクションを考える。近づいてきた来場者が説明なく迷わず操作できることを確認しながら、一方で人が立ち去って誰もいなくなったらそのままにならずに一定時間で自動で切り替わるモードになるなどの工夫をしていく。ここはやっていくとどんどん工夫に気づかれなくなる領域でもある。
「みずのダンスとMR」の話に戻る。水もリアルな水を目指せば目指すほど、だったら本物の水を使えば?という話になる。そうではなく、佐久間さんたちが水にこだわってきた理由を改めて考え、その一つとして「波」という要素に着目してみることにした。水の全てをシミュレーションすることはできなくても、水面の波の表現であればQuest3で動きそうでもある。ゴーグルをかぶると水面が現れ、水面に触れると波紋が広がるイメージができた。
同時に「現実では起こり得ない表現」を考える。水面に触れるたびにいろいろな音が鳴るのはどうか。昨年の「かげのダンス」でもVR空間内にあるオブジェに触れると音が鳴るようにしたが、佐久間さんから触れるか触れないかだけでなく優しく触れるか強く触れるかで音が変わって欲しいというフィードバックももらっていた。波はまさにそんな表現にもぴったりである。
さらに、音楽を担当する松井さんから、触れた時だけでなくそれが一定間隔でリフレインするのはどうかというアイデアももらい、水面に触れることで音楽が生まれるような作品が生まれた。
手応えを感じつつ、最終的な目標は、作ったアプリを試してもらうだけでなく、全体がパフォーマンスとして表現に繋がること。再びたんぽぽの家での実験もしながら「本番」を迎えることになった。
つづく。