山のメディスン

軽井沢病院の院長を務める稲葉俊郎さんの新著『山のメディスン』を読み始めた。

軽井沢界隈で知り合った人に言うと大抵驚かれるが、実は稲葉さんは同じ熊本高校の一年後輩である。ただし出会ったのは数年前の東京でのことだった。

その時わたしは21_21 DESIGN SIGHTで「アスリート展」という展覧会のディレクターを為末大さん、菅俊一さんと一緒にやっていて、時間をかけて展覧会の企画やリサーチをしていた時期だった。21_21 DESIGN SIGHTを運営しているイッセイミヤケの社内勉強会で稲葉さんの講演があり、身体や心といったテーマがアスリート展にも関連するので特別に参加させてもらうことになったのだが、事前にプロフィールを読んでいたら同じ高校出身で学年も一つ違いで驚いたのを覚えている。

当時東大病院に勤めていた稲葉さんは、その後軽井沢に移住されることになり、ちょうどコロナが警戒され始めたくらいの時期に東京での移住前の最後のトークイベントを聴きに行って話をしたりもしていたが、まさか自分も近くに移住してくることになろうとはその時は思ってもみなかった。

稲葉さんは、東大医学部卒で、東大病院で最先端の医療にも関わりながら、山岳医療や在宅医療、民間療法、はたまた思想、哲学、芸術にも造詣が深く、山形ビエンナーレの芸術監督までやっていたりと、まあとにかく凄い人である。これまでにも本も何冊か書かれていて、すっと入ってくることばがとても深く、「ことばのくすり」という表現がまさにぴったりという感じがする。

新著の「山のメディスン」では、幼少期の話から高校、大学の頃の話から山にのめり込んでいく経緯、そして山が教えてくれたことがいろんな角度から綴られている。ゲスト出演されていた軽井沢FMのひのなおみさんの番組「軽井沢Book Journey」も面白かった。今週末も後半が放送される。

まだ読み始めたところだが、同じ地元で高校、大学も同じ環境なので、想像できるところ、共感できるところ、でも自分とは全然違うところがあってとても面白かった。高校は学校抜け出してレコード屋と古本屋に入り浸っていた(僕はあまり疑問も持たずに授業受けてたなあ…)とか、でもそこから東大医学部を目指して合格してしまう(同じ東大でも理Ⅲはまた異次元だよ…)とか、やっぱり只者じゃないなと思う(笑)。

ただ、受験勉強のエピソードでの試験問題との向き合い方はとても共感した。

試験問題には必ず作成者が存在しており、意図があることに気づきました。

そこで、将棋の対局の手法を応用することにしました。つまり、模範解答を読みながら、問題作成者の意図を読み取るように心掛けたのです。将棋も試験も相手の行動の先を読むという点で共通しています。

(中略)

どちらがどこまで相手の行動の先を深く読めるか?顔も知らない問題作成者と真剣勝負の将棋の対局を続けるようにして試験問題に対峙していました。そうしたことを続けているうちに、試験問題の奥深くにある意図の本質が分かるようになってきたのです。

稲葉俊郎『山のメディスン』

僕は将棋は出来ないが、問題作成者とのやり取りは本当にそう思う。問題が解ける時というのは、例えば数学なら、ああ、この問題はこれを理解してるかどうかをチェックしたくて作ってるんだなあとか、この問題は1次関数と円の面積と三平方の定理の3つを1問でいっぺんにチェックできるようになってて考えた人は頭いいなあ、とか思ったりする。

試験というのはスポーツで言えば試合である。分かっていても制限時間内に出来なければ分かっていないのと同じ扱いになってしまうルールがあり、そのことの是非はともかく、大会本番の試合で、決められたルールで勝ち負けが決まるゲームなのである。

しかも稲葉さんの場合、模範解答を読みながら問題作成者の意図を読み取るというアプローチも興味深い。いまの教科書や指導要領はどちらかというと教える前にまず考えさせるところから始まる。それが間違っているとは言わないが、文章を書くにはたくさん本を読んだ方がいいように、まずいろんな問題と解答をセットで読むのもありじゃないかと思っていたので、そうそうと頷きながら読んだ。

というわけで、まだ山の話に辿り着いてないので(笑)、また読み進めながら書くことにしよう。