データとデザイン

現実世界の現象や事象はどこから「データ」になるのだろう。例えば「大気の状態」という自然現象が「天気予報」のデータになるときを考えてみる。気圧センサーなら内部の素子が大気圧の変化でわずかにひずみ、それが電気抵抗値の変化として検出される。大気圧の変化という自然現象が抵抗値という数値に変換されるわけだ。この抵抗値もデータだがその数値自体には意味がないので、この抵抗値(Ω)が計算式によって大気圧の値(hPa)に変換される。この大気圧の値もデータだが、「天気予報」が知りたい人にとってはまだ意味や価値のあるデータとは言えない。過去の値や、周囲の値、温度湿度など他の値を組み合わせ、それらを膨大な過去のデータと照らし合わせたりすることでようやく天気予報と呼べそうなデータになる。

それでもまだ、それを数字が並んだエクセルシートで見せられても困る。天気を分類してアイコンにしたり、地図上に配置したりすることでようやく見慣れた天気予報になるのだ。データは人がわかるかたちになってはじめて意味や価値があるのである。

データをつくる側にも人がいる。例えば天気という自然現象をデータにする方法はセンサーに限らない。人工衛星を飛ばして宇宙から見たり、あるいはスマホのカメラで撮った空の写真を集めたり、そこには何かをデータにするための仕組みをつくる人がいるのだ。また、天気予報なら自然が相手だが、人の行動や心理や健康状態を扱おうと思えば、人の存在はより無視できない大きな要素となる。

先日発売された、Takramの櫻井による初の単著『データとデザイン 人とデータのつなぎかた』は、タイトルにある通り、まさにそうした人とデータの関係をデザインするための本である。

第1部「データのためのデザイン」は、どちらかといえばエンジニアに向けた内容と言えるだろう。上にも書いたように、データは集めればよいわけではなく、それをつくる人や使う人とつながることではじめて意味や価値が生まれる。そしてそのためにデザインの視点や手法が力になるのである。

第2部「デザインのためのデータ」は、それに対してデザイナーに向けた内容と言えるだろう。デザインにとってもデータは重要なのだ。よりよいデザインのためにユーザーテストを行うこともデータの活用だし、たとえ自分の直感で判断しているとしても実はそこには経験という暗黙のデータがあるとも言える。また、インフォグラフィックやアプリのUIデザインなど、デザイナーがデータそのものをデザインする場面もあるだろう。

そうしたデータと人の視点を行き来しながら進めていくデザインプロセスを本書では「データデザイン」と位置付けている。(ここでも振り子のメタファーが登場する)。もちろんエンジニアやデザイナーに限らず、あらゆる分野で、データを活用したいあるいはデータを扱わなければならなくなったという方にも有益な内容だ。

ちなみに本書は、彼が数年前から温めていた本の企画を、拙著『コンヴィヴィアル・テクノロジー』でお世話になったBNNの村田さんにご相談して、そこからTakramの編集者矢野さん、『統計学が最強の学問である』で知られる統計家の西内啓さんなどにも並走してもらいながら、丁寧に議論を重ねてまとめられた一冊である。そのプロセスを、自分も紆余曲折しながら執筆していた頃を思い出しながら横で見守っていたこともあり、ぜひ多くの人に手に取ってもらえたら幸いである。